患者さんの声「私のがん体験記」

家族 の体験談

患者同士の支えあいの場で元気になれた

母の療養に寄り添う上で、家族として感じたこと

執筆者 : 家族(娘/42歳)
執筆者との家族関係 : 母
患者さんの年齢 : 75歳(診断を受けた時の年齢73歳)
患者さんの疾患名 : 肺がん

母ががんと診断されて
私の母は、県内の海辺の町で独り暮らしをしていました。東日本大震災の津波によって町は壊滅し、震災直後、母は娘である私の自宅に避難してきました。その頃から、母は乾いた咳をするようになりました。病院では風邪と診断されたため、私も震災のストレスだろうと気にもしていませんでした。仮設住宅に移った頃、母の首元の腫れが大きくなり、検査した結果、肺がんであることが分かりました。骨への転移も見つかり「ステージ4」と診断されて、私はとにかくがんについて情報収集をしました。しかし当の本人は全く病気のことを調べません。お医者さんに診てもらっていることで安心していたのかもしれませんが、そんな母を見て娘の私は「どうして自分の病気のことを知ろうとしないのだろう」といらだつ思いもありました。

「食の楽しみ」は「生きる楽しみ」
現在までの治療で薬は4回変わり、脳転移部の治療の為、全脳照射、ガンマナイフの治療を行いました。ガンマナイフでは見つかった全27カ所に照射を行い、先生から「長い時間がんばったね!すごいね」と褒められていました。副作用はほとんどありませんでしたが、最初の治験薬で出た“味覚障害”は、後に髪が抜けるより辛かったようです。何を食べても「変な味がする」と話していました。口に入れる食べ物が視覚とは全く違う味がするらしいのです。何とか食べられたのは白米とお餅だけでした。その頃の母には元気がなく、“食の楽しみ”は“生きる楽しみ”なのだと改めて思いました。

母の強さ
がんと診断されてから2年が過ぎました。今も母はゆっくりですが自分の足で歩き、大好きなショッピングを楽しんでいます。入院の度に新しいパジャマを購入し、まるで旅行に出かけるようです。命の期限を考えようとしない母にもどかしさを感じることもありましたが、治療に関しては先生を信じてお任せし、変わらない日常を送ることが、病気と立ち向かう母の強さになっているのかなと考えられるようになりました。

 

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