患者さんの声「私のがん体験記」

家族 の体験談

患者同士の支えあいの場で元気になれた

がん告知について思うこと

執筆者 : 娘(50代前半)
執筆者との家族関係 : 母
患者さんの年齢 : 享年50代前半(診断を受けた時の年齢享年50代前半)
患者さんの疾患名 : 多臓器がん

母のやさしさ
母をがんで亡くし、21年目の春を迎えました。自分も母が亡くなった年齢に近づこうとしています。数ある後悔のなかで私が最も悔やんでいることは、母に告知をすることなく旅立たせてしまったことです。
母は、常に自分のことよりも他者を中心に考え、誰に対しても裏表なく真心こめて尽くせる人でした。母は、がんの終末期の患者さんに多く接していたため、自身に起きている状況と終末の時期を悟っていたように思いますが、家族にも医師にも自分の病状について問いただすことはありませんでした。おそらく母は、私たちを悲しませることを避けたのだと思います。

母と本音で話したかった
苦しみのなかでなお周囲を気遣う母の姿に、私たち家族は「告知をして本人にこれ以上のショックを与えてはいけない」と思い、医師から伝えられた病状を本人に伝えませんでした。母に事実を伝える勇気が、私を含めた家族にはありませんでした。
患者と家族の双方がそれぞれに気遣いながら、限りあるこの世での本音の会話を避けてしまったことは取り返しのつかない選択の誤りだったと、私は今思っています。告知することで一時的にはどちらも心が乱れ、取り乱し、悲しみのどん底に突き落とされることがあっても、この世で言葉を交わし、意思疎通ができる間にお互い本音を言い合っていれば…。タイムリミットがあればこそ核心をついた話をすることが出来たはずなのに…。もう母も時間も戻っては来ません。

20年が過ぎても後悔の思い
母の最期は、家族のほか、病室に駆けつけてくれた親族・友人一人一人にお礼を言い、穏やかに息を引き取ったことがせめてもの救いでしたが、告知しなかったことはやはり私にとって最大の後悔であり、これからもこの後悔を背負って生きていかなくてはなりません。無我夢中で必死に母に付き添い見送ったあとに、このような後悔の念に駆られるとはその時は思ってもみませんでした。20年たった今でも心残りです。
自分がどのような最期を迎えるかは分かりませんが、もし母と同じ状況になったら、全てを知らせてもらい、治療法含め、残された時間を大切な家族とともにどのように過ごすかを考え共有していきたいと思っています。

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