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“標準治療”、“がんゲノム医療、“BSC”ってどういう意味?

分かりにくい医者の言葉を東北大学病院 腫瘍内科 城田英和先生が解説します。

がん医療に関わる医師として患者さんへの説明は投薬と同じぐらい重要であると思います。しかしながら病気や薬の名前、医療に関わる言葉は難しく、さらに医療者間で当たり前に使っている専門用語や略語はどこの書物にも載っていません。医療者はこのようないわゆる「業界用語」を患者さんへの説明でしばしば当たり前のように使ってしまいます。例えば、東北大学病院の診察室にてある時の患者さんへの悪いニュースを説明するときの医者(私)の言葉です。

例:医療用語を使った患者さんへの説明

○○さん、本日のCTをみたところ残念ながらPD(1)です。腫瘍マーカー(2)も上昇しており現在の化学療法(3)は効果がないと判断します。以前のIC(4)でも説明したようにガイドライン(5)上の標準治療(6)は全て不応(7)です。エビデンスのある治療(8)は提案できませんのでBSC(9)となります。今後は予後(10)も限られてきます。緩和医療(11)にシフトしましょう。往診、訪看(12)などを整備しますので担当者に連絡し調整していきます。よろしいでしょうか?

非常に難しいですね。これでは患者さんは、何が何だか分からないと思います。ここまで分からないとその場で質問もできませんよね。このような説明をした医療者(私)の言い訳として、非常に限られた外来診療の時間で様々な情報をもとに余裕もなくストレスのかかる状況(このような話は医師もかなりのストレスです)では時間を取って患者さんへ分かり易く詳細に説明はできないのです。

ここでは赤字で示したような言葉(特にがんに関わる医療の言葉)を列挙し分かり易く解説します。

Progressive diseaseの略でがんの増大、病状の進行を指します。抗がん剤を投与しているにも関わらずPDになる(腫瘍が増大する)ということは治療効果がないということです。一般にこの治療薬は中止します。他に治療効果の略語でCR、PR、SDがあります。CRはComplete response、腫瘍が完全に消失。PRはPartial Response、腫瘍が縮小(3割以上)した状態。SDはStable Disease、腫瘍の大きさが変化しない状態です。

簡単に言うとがん細胞が産生する特別な物質です。それを採血で測定することでがんの増大や縮小を予測できることができます。CTを撮って評価するより治療効果をみるのに簡便な方法ですがこの数値が上昇しないがんも多く、また治療の耐性化などに伴って数値の変化が当てにならないこともあります。

この言葉を聞いたことは皆さんあると思いますが具体的にどのような治療か分からない方も多いと思います。いわゆる抗がん剤を用いた治療法です。
化学療法には2つの種類があり従来の抗がん剤と最近出てきた分子標的薬*(a)があります。従来の抗がん剤は殺細胞性抗がん剤とも言われ、分裂が活発なすべての細胞に効果を認め細胞死を誘導します。ですからがん細胞以外でも分裂が活発な正常細胞(血液をつくる細胞、腸管粘膜、髪の毛など)にも影響を与え、白血球減少、貧血、腸・口腔粘膜障害、脱毛などの副作用をきたします。

がん細胞はその増殖、進展の仕方が正常な細胞とは明らかに違います。最近は遺伝子の変化をみることでその異常な部分が分かるようになりました。このような異常な増殖を誘導する蛋白をピンポイントでブロックする薬剤を分子標的薬といいます。治療ターゲットが違いますから上記に示した従来の抗がん剤の副作用とは全く別の副作用をきたします。この分野はものすごい勢いで
開発が進んで毎年多くの薬剤が承認されており、それに伴って治療成績も飛躍的に向上しております。

インフォームドコンセントの略です。特に抗がん剤初回投与の前には治療効果、副作用、治療の限界などを十分に説明します。その説明を理解(インフォームド)した上で患者さん側が治療を希望すれば同意(コンセント)を取得し治療を開始します。

標準治療とは現時点で国内での最高の医療を指します。これは大規模な臨床試験*(b)によって、治療効果が認められ、かつ安全性が許容された、最も推奨される治療法をいいます。標準と聞くともっといい治療があるのではと誤解してしまいますが一番良い治療のことです。
標準治療はいくつかの治療法があり治療効果の高い順番で治療が選択されます。一般的に治療効果が高ければその副作用も強くなります。どの治療、検査を行うか患者さんの状態をみながら選択するのですが、ガイドラインはその基準・指針となるものです。がんに関わるそれぞれの学会がガイドラインをまとめ、医療者は最新のガイドラインに従って治療を行います。

本院でも多くの臨床試験を抱えながら診療しております。開発中の試験的な治療として、その効果や副作用などを調べ、詳細にデータを取りながら治療を行っていきます。この臨床試験で評価され、それまでの標準治療より優れていることが証明されれば、その治療が新たな「標準治療」となるわけです。

治療に効果を認めず病状が進行したことをいいます。

上記の臨床試験のように治療薬として推奨されるためには、ある一定数の患者さんに投与し、何も治療しない患者さんと比較し治療効果を認めたという根拠となるデータをもとに我々は推奨します。この根拠となるデータをエビデンスといいます。

ベスト・サポーティブ・ケア「最善の支持療法」の略です。本来は抗がん剤使用の有無に関わらずベストな支持療法を意味します。しかしながら一般的に(医療者は誤解して)抗がん剤など強い副作用を伴う積極的な治療は行わず、症状を和らげる、痛みをとる治療に専念することを言っております。緩和ケアと同様な意味で使われることもあります。

余命と言った方が分かり易いと思います。しかし、治療の反応性や病気の進行度など様々なことを考慮すると余命として正確な数値はわかりません。ある程度の余命を含めた見通しを説明する場合、予後といった言葉を用います。

がん患者さんの体や心のつらさを和らげ、その人らしい生活が送れるよう援助する医療です。症状が進行した時だけ行うのではなく、早い時期から取り入れることで、がん患者さんと家族の生活の質を高めることができます。
本院にも緩和医療科がありますが仙台では本院と連携し在宅緩和医療を行っている訪問診療専門のクリニックがたくさんあります。本院でも地域医療連携センターの看護師やソーシャルワーカーがその患者さんのニーズに合わせて連携するクリニックを調整していきます。詳しくはがん情報みやぎ、緩和ケアのページを参照してください。

往診とは、通院できない患者さんの求めに応じ、医師が患者さんの自宅に訪問して診療を行うことです。訪看とは訪問看護の略語で、看護師が患者さんの自宅に訪問して主治医の指示に基づき病気や障がいに応じた看護を行い、健康状態の悪化防止や回復に向けて療養生活の支援をします。

その他、医師との会話の中ででてきそうな言葉も追加します。

いわゆる抗がん剤による副作用のことです。

術後化学療法のことを言います。手術でCT等の画像や術所見上、完全に取りきれた場合でも目に見えないがん細胞が体内に残っている可能性があります。このようながん細胞を抗がん剤で完全に根絶させ再発の可能性を下げる治療です。

ほとんどの医師はこの言葉を使わないと思います。先進、最先端医療という言葉は聞こえがよく、ネット上ではよく見かけますが先進医療だけが厚生労働省が認めた医療です。しかしながら上記の臨床試験に準ずるもので有効性、安全性は標準治療ほど確立していません。
あくまで標準治療 > 先進医療です。

上記(6)に標準治療がベストな医療と説明してしまいましたが、実はそうではないかもしれません。個々の患者のがんは全て遺伝子の変化、特徴が違います。遺伝子の変化をみることによってがんの特徴を理解し治療を組み立てていきます。例えば膵がんの患者さんの遺伝子変化をみることで肺がんの治療薬を提案できそれが著効することがあるのです。
個々のがん種の標準治療、ガイドラインに従った医療は間違っていない医療と言えます。しかしながら8-9割の患者さんにとってはベストな医療であると思いますが遺伝子をみることによって1-2割の患者はそのがんの遺伝子の特徴に合わせ、ガイドライン、標準治療とは別の治療薬を提案できることがあるのです。

上記(16)のがんゲノム医療とほぼ同じ意味で使うこともあります。しかし、がん細胞だけではなくその患者さんの特徴、遺伝子の違いまでを考慮して治療薬を提案します。個人個人のお薬の分解能力、治療効果はそれぞれ違います。例えば大柄な男性と小柄な女性、どちらも成人用量としては同じ量の薬剤で同様の効果とは思えませんよね。またアルコールを摂取してもお酒の酔い方
は人それぞれ個人差がありますよね。その人の遺伝子をみることでお酒の代謝能力、つまり強い弱いも分かってしまいます。

がん組織のがん関連遺伝子を解析する検査です。数百の遺伝子をみることでその人のがんの特徴を知ることができ、治療の提案につながることがあります。

▼詳しくは下記の本院個別化医療センターのホームページをご覧ください。
http://www.p-mec.hosp.tohoku.ac.jp/

がんの遺伝子解析をもとに治療提案を行うとどうしても保険診療の枠から外れた治療薬の提案をしなければいけません。本院では国立がん研究センターと連携し、また多くの製薬メーカーからの薬剤の協力を頂いて遺伝子パネル検査に基づいた保険診療外の薬剤をこの制度を用いて投与しております。

▼患者申出療養制度については、本院ホームページ「患者申出療養相談窓口」をご覧ください。
https://www.hosp.tohoku.ac.jp/consultation/008.html

麻薬系の痛み止めです。モルヒネとはオピオイドの一つです。がん性疼痛を抑え日常生活を送るためには非常に重要なお薬です。ホスピス、緩和医療科の医師だけが使うようなイメージかもしれませんが実は抗がん剤を投与している腫瘍内科医が最も多く処方しています。

それでは冒頭の例文の答え合わせをしましょう。

例:医療用語を使わない場合…

○○さん、本日のCTをみたところ残念ながら抗がん剤の投与にも関わらずがんは大きくなり病状は進行しております。治療効果は得られませんのでこれ以上、抗がん剤投与はできません。今後、病状の進行は止められず余命もあと2,3か月です。痛みを和らげながらご自宅で療養できる終末期の医療に切り替えたいと思います。よろしいでしょうか。

どうでしょうか?かなりの悪いニュースですね。患者さんの気持ち、これを聞いた後の落ち込みを思うとなかなかここまで直接的に私も話せません。患者さんに十分な情報を説明し理解していただき治療することが最も大切なことであり医療者の義務です。時には上記のような悪い結果を説明しなければいけないこともあります。このような場合、私は何回にも分けて丁寧に説明していきます。その中には「業界用語」も使っていくでしょう。このような難しい言葉を時折使いながら婉曲的、あいまいに説明することで患者さんへのショックを軽減するといった配慮の意味で使うこともあると理解していただきたいと思います。

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