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がん治療とお口の管理

がん治療とお口の管理について、東北大学病院 周術期口腔健康管理部 新垣理宣先生、飯久保正弘先生が解説します。

がん治療により生じるお口の症状

お口の中はとても細菌が多く、さらに歯周病(歯槽膿漏)や根尖病巣(歯の根の病気)、智歯周囲炎(親知らずの周りの歯肉の炎症)といった感染巣(歯性感染巣)が多く存在する場所です。がんの治療中は、さまざまな口に関係したトラブル(口腔有害事象)が生じます。お口に生じたトラブルは、患者さんの生活を妨げ、がん治療がうまくいかない原因となります。
 

治療法 口に関連した主な症状
薬物療法
細胞障害性抗がん剤 口腔粘膜炎、口腔乾燥、味覚障害、歯性感染症の悪化、
真菌感染症、ウイルス感染症
分子標的薬 口腔粘膜炎、口腔乾燥症など
骨吸収抑制薬 薬剤関連顎骨壊死
頭頸部放射線治療
放射線治療中 口腔粘膜炎、口腔乾燥、味覚障害、歯性感染症の悪化、燕下障害
放射線治療後 口腔乾燥、放射線性う蝕、放射線性顎骨壊死、燕下障害
手術
手術 誤囃性肺炎、創治癒不全、歯の脱落・損傷
口腔癌手術顎 顎の欠損による咬合不全
終末期
終末期 口腔乾燥、味覚障害、口臭、燕下障害

 

薬物療法

抗がん剤などの薬物による治療(薬物療法)によって、口腔粘膜炎(頬や舌といった口の中の粘膜に炎症が起こること)や口腔乾燥、口の中の感染巣の悪化、味覚障害などの様々な症状が出現します。近年では、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などの新しい治療薬が使われるようになり、お口の症状も多様化しています。また、骨転移に対して使われる骨吸収抑制薬では、あごの骨の壊死(顎骨壊死)が生じることがあります。
 

口腔粘膜炎

口腔粘膜炎は、最もよく起こるお口の症状のひとつです。がんの種類や抗がん剤の内容によって、その頻度や重症度に差はありますが、抗がん剤治療を受けている患者さんの少なくとも50%、造血幹細胞移植を受けている患者さんでは98%で何らかのお口の症状が生じると考えられています。一般的に抗がん剤投与開始から1週間から10日ほどで起こり、その後自然と治りますが、口の清掃状態が悪いと重症化したり、症状が長引いたりします。口腔粘膜炎は、痛みにより口から食事や水分を摂取することが困難となり、低栄養や脱水をきたすとともに、口腔の細菌の侵入門戸となり敗血症などの全身感染症の原因となるなど、がん治療がうまくいかない原因となります。口腔粘膜炎を完全に予防することは困難ですが、治療開始前から歯磨き、うがいを継続し、症状に応じて含嗽薬や軟膏、粘膜被覆剤を用いることで、症状の軽減が期待できます。
 

歯性感染巣の悪化

抗がん剤により免疫力が低下することで、歯槽膿漏や歯の根の病気などの感染巣が悪化しやすくなります。これまで症状がなかった歯でも、急に症状が現れることもあります。がん治療が始まってからの抜歯などの歯科治療は、抗がん剤治療に影響を及ぼす可能性もありますので、主治医との相談が必要となる場合もあります。可能であれば、がん治療が始まる前に一度歯科を受診し、感染巣に対する処置をしてもらうとよいでしょう。
 

薬剤関連顎骨壊死

がんの骨転移に対して使用される骨吸収抑制薬の副作用に顎骨壊死(薬剤関連顎骨壊死)があります。歯を支えるあごの骨が壊死することで骨が露出します。ひどくなるとあごの骨が骨折したり、皮膚から膿がでます。薬剤関連顎骨壊死は一旦発症すると難治性であり、痛みを伴うために患者さんの生活の質を大きく下げます。歯の病気や口腔清掃不良、骨吸収抑制薬使用後の抜歯、不適合義歯の使用は、薬剤関連顎骨壊死の発症リスクを高めます。骨吸収抑制薬使用前から歯科を受診し必要な歯科処置を受け、さらに使用後も定期的な歯科受診により定期的な口腔ケアを受けることでリスクの低減が期待できます。
 

頭頸部への放射線治療

口や顎が放射線のあたる範囲に含まれると、お口の中に様々な有害事象が出現します。放射線治療中に生じる早期有害事象と治療後しばらくしてから起きる晩期有害事象があります。放射線治療開始前から治療中・治療後まで継続した口腔の管理が重要です。
 

放射線治療中の早期有害事象

口腔粘膜炎は頭頸部の放射線治療患者において照射範囲に一致して、ほぼ100%生じます。歯にかぶせている金属(歯科金属)に放射線があたると、周囲に放射線が散乱することで口腔粘膜炎が悪化します。放射線治療開始前からお口の状況にあわせて歯磨きやうがいを継続することで、悪化を予防することができます。口腔内装置(スペーサー)を装着し、照射野や歯科金属から周囲健常組織を離すことで、口腔粘膜炎の重症化を減らすことが期待されます。
 

放射線治療後の晩期有害事象

放射線治療が終わったあとも、虫歯や顎骨壊死(放射線性顎骨壊死)のリスクがあります。唾液を作る組織(唾液腺)が照射野に含まれると、唾液を出す働きが悪くなり、唾液が持つ歯の再石灰化作用が低下することで,短期間に急激に歯の脱灰が進みます。また、あごの骨が照射野に含まれると、あごの骨の壊死が生じることがあります(放射線性顎骨壊死)。放射線性顎骨壊死は、一旦生じると難治性であり、ひどくなると皮膚から膿ができたり、顎の骨が折れたりします。放射線性顎骨壊死の最大の誘発因子は抜歯であり,特に下顎臼歯で65Gy 以上照射された後に抜歯すると発生率が高くなります。放射線性顎骨壊死のリスクは照射後、期間が経過しても変わりません。照射野に含まれる範囲で病気を有する歯は治療開始2 週間前までに適切な処置を行い、放射線治療終了後も継続的な口腔管理が必要です。
 

手術

誤嚥性肺炎

全身麻酔の手術のときには、口から喉を通って、人工呼吸器のチューブが入ります(気管挿管)。お口の衛生状態が悪いと口の中の細菌が気管に流れてしまい、肺炎の原因となる可能性があります。手術前に専門的な口腔ケアを受けて、細菌の温床となる歯石を除去し、口腔を徹底的にきれいにしておくことで、肺炎が発症するリスクを低減することができます。
 

手術部位の感染

口から近い頭頸部や食道の手術では、お口の細菌が手術部の感染のリスクとなることがあります。手術前の口腔内の清掃によりリスクを減らすことができます。近年では、大腸がんなど口から遠いがんの手術においても、口腔清掃が感染の予防に有効であるとする報告が増えています。
 

全身麻酔時の歯の損傷

気管挿管の際にぐらつきのある歯や弱くなっている歯があると、歯が抜けたり、折れてしまうことがあります。そういった歯がある場合は、手術前に歯を守るためのマウスピースを装着すると、リスクを減らすことができます。
 

終末期

がんの終末期においても、様々な口の問題が発生します。しかしながら医療者も患者も、口腔以外の苦痛症状への対応が優先され、口腔トラブルへの対応が後手に回りやすい状況でもあります。
 

口腔乾燥

口腔が乾燥すると、唾液による自浄作用の低下による清掃不良、口腔カンジダ症や味覚障害、入れ歯の不適合、嚥下障害、口臭など、様々なお口のトラブルの原因となります。進行がん患者の88%で中等度以上の口腔乾燥を自覚していたと報告されています。体調や好みなどを考慮した無理のないサポートが必要になります。
 

医科歯科連携による口腔管理

がん治療開始前からの継続的な歯科受診の勧め

全てのがん治療では治療開始前の歯科受診が推奨されています。がんと診断されたら、がん治療開始する前に歯科受診し、歯石の除去や簡単な虫歯の治療、入れ歯の調整など応急的な歯科治療を済ませておきましょう。さらに、がん治療中も歯磨きやうがいを継続し、がん治療後もかかりつけ歯科医院を受診し、定期的な口腔ケアを受けましょう。しかしながら、歯の治療が、がん治療の妨げとなってはいけませんので、がん治療の主治医と歯科医師とがしっかり連携することが重要です。そして、がん治療が一段落したら、かかりつけ歯科で治療前にできなかった歯の治療を行いましょう。
 

 

がんになったからこそ、かかりつけ歯科を持ちましょう。

がん治療に伴うお口の副作用を減らすためには、かかりつけ歯科をもつことが重要です。お口の中で困ったときに受診できる歯科医院をもっておきましょう。“がん診療連携登録歯科医”とは、厚生労働省の委託を受けて日本歯科医師会が主催する「全国共通がん医科歯科連携講習会」を修了し、がん患者さんへのお口のケアや歯科治療についての知識を習得した歯科医師のことです。全国に1万5000件以上の歯科医院があります。がん治療について不安がある場合は利用することができます。現在、東北大学病院では「愛し(医と歯)の関係」のキャッチフレーズのもと、宮城県全域にわたる医科と歯科の連携強化を推し進めています。是非、がん治療を受ける際には、医師に紹介状を書いてもらい、かかりつけ歯科への受診をお願いいたします。
 
参考文献

  1. 全国共通がん医科歯科連携講習会テキスト(第二版)2019年3月
  2. 日本がんサポーティブケア学会、日本がん口腔支持療法学会;がん治療に伴う粘膜障害マネジメントの手引き2020年版 金原出版
  3. 学びの広場シリーズ からだ編6 抗がん剤治療と口腔粘膜炎・口腔乾燥
    静岡県立静岡がんセンター
  4. 薬剤関連顎骨壊死予防のための医科歯科連携・地域連携の取り組み(第1報)
    群馬県歯科医学会雑誌 2022年6月
  5. がん治療における口腔支持療法のための口腔乾燥症対応マニュアル
    がん研究振興財団 2019年1月31日

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